最初は「ちょっと腫れただけ」だと思っていた
レスリングを始めたばかりの頃、先輩の耳を見て「これがいわゆるレスリング耳か」と思ったのを覚えています。正直、そのときはどこか勲章のようにも見えていました。毎日きつい練習を積み重ねてきた証拠のように感じていたからです。
でも、自分の耳が初めて腫れたとき、その見方は少し変わりました。
最初は本当に軽い違和感でした。練習が終わってシャワーを浴びると、片耳だけじんわり熱を持っている。触ると少し痛い。鏡で見ると、ほんの少し赤くなっている。そこまで大げさなものではなかったので、「まあ、そのうち引くだろう」と深く考えませんでした。
実際、周りにも「それくらい普通」「みんな一回はなる」と言う人がいました。だから私も、少し腫れても翌日にはまた練習していました。けれど、その“少し”を軽く見ていたのがまずかったのだと思います。数日後には、耳の一部がぷくっと盛り上がったような感触になり、押すと鈍い痛みが出るようになりました。見た目もはっきり変わってきて、ようやく「これは思っていたより軽くないかもしれない」と気づいたのです。
レスリング耳はなぜなるのか
レスリング耳は、レスリングの練習や試合で耳に繰り返し負担がかかることで起こりやすいものです。タックルの入り方、組み合いの圧力、マットとのこすれ、相手の肩や腕に耳が押しつぶされる感覚。こうした細かい刺激が何度も重なることで、耳が腫れたり、変形しやすくなったりします。
私の感覚では、大きく一発ぶつけた日だけが危ないわけではありません。むしろ、強い衝撃よりも「毎日の小さなダメージ」のほうが厄介でした。今日は少し痛い、明日は少し熱い、その次の日は触ると違和感がある。そんな状態を続けているうちに、耳の形が少しずつ変わっていくのです。
レスリングをやっていると、首や肩、膝の痛みには敏感でも、耳の腫れは後回しにしがちです。動けなくなるわけではないし、練習そのものは続けられるからです。私自身もそうでした。だからこそ、レスリング耳は気づいたときには進んでいることがあります。
放置して実感した「見た目以上の不便さ」
レスリング耳というと、まず見た目の変化を気にする人が多いと思います。もちろんそれも大きいです。私も最初は、鏡を見たときの違和感がいちばん気になりました。左右で耳の輪郭が違って見えるだけで、顔全体の印象が少し変わるからです。
ただ、実際に困ったのは見た目だけではありませんでした。
一番わかりやすかったのは、耳に触れる日常動作の不便さです。少し腫れているだけの時期でも、マスクのひもが当たると気になる。寝返りを打ったときに枕へ当たって痛い。髪を乾かすとき、タオルで軽くこするだけでも違和感がある。そうした小さなストレスが積み重なっていきました。
さらに厄介だったのは、耳の形が変わってくると、普段気にしていなかったことまで引っかかるようになることです。私は普段、移動中や作業中に耳へ入れるタイプの音声機器を使うことが多かったのですが、片側だけ収まりが悪くなった感覚がありました。最初は気のせいかと思ったのですが、何度つけ直しても落ち着かない。そんなことで初めて、「レスリング耳って、ただの見た目の話じゃないんだな」と実感しました。
練習中は気持ちが張っているので、多少の不便は押し切れてしまいます。けれど、日常に戻った瞬間に不便さがはっきり見えてくる。それが私にとってのレスリング耳でした。
「勲章」と言われても、困るものは困る
格闘技やコンタクトスポーツの世界では、レスリング耳を前向きに語る雰囲気があります。実際、私も先輩に「頑張ってる証拠だな」と軽く言われたことがありますし、自分でもどこかでそう思いたい気持ちはありました。
でも、本音を言えば、複雑でした。
たしかに競技に打ち込んだ証だと言われると誇らしい気持ちはあります。けれど、その一方で、普段の生活では人の視線が気になる場面もあります。まだ学生だった頃はそこまで深く考えませんでしたが、年齢が上がるにつれて、部活の外の人と接する機会が増えると少し意識するようになりました。
久しぶりに会った人に耳を見られて「どうしたの?」と聞かれる。説明すること自体は嫌ではないものの、そのたびに少し気まずい。競技を知っている人ならすぐ伝わることも、そうでない人には意外と伝わりません。つまり、レスリング耳は競技の中では“当たり前”でも、日常ではそうではないのです。
この感覚は、実際に自分がなってみないとわからない部分でした。周りが勲章だと言ってくれても、自分が不便や不安を感じているなら、それはもう立派な悩みだと思います。
私が後悔したのは「そのうち引く」と思っていたこと
今振り返っていちばん後悔しているのは、最初の違和感を軽く見ていたことです。
練習を休みたくなかった。試合も近かった。周りにも似たような人がいた。そういう理由が重なって、私は耳の腫れを優先順位の低いものとして扱っていました。けれど、レスリング耳は放置した時間が長いほど厄介になりやすいと実感しました。
もちろん、耳の状態や程度は人それぞれです。ただ、少なくとも私の経験では、「まだ我慢できる」は判断基準としてあまり当てになりませんでした。痛みが強くないから大丈夫、見た目がそこまで変わっていないから平気、という考え方をしていると、気づいた頃には元の耳の輪郭から少し離れていることがあります。
競技者はどうしても“動けるかどうか”で物事を見がちです。足なら走れるか、肩なら組めるか、首なら踏ん張れるか。耳は、多少つらくても練習が続けられてしまうので、判断が遅れやすいのだと思います。私もまさにそのパターンでした。
予防の大切さは、なってから痛感した
正直に言うと、私は予防を少し甘く見ていました。耳を守るための装具を使うことは知っていましたが、「動きづらそう」「慣れるまで気になる」「今日は短い練習だから大丈夫」と理由をつけて、徹底できていませんでした。
でも、いざ自分の耳が腫れてからは考えが変わりました。
たしかに、装具をつけると最初は違和感があります。視界や頭まわりの感覚が少し変わるので、慣れるまでは集中しづらいこともあります。けれど、その違和感は何日かでかなり薄れます。それに比べると、耳が腫れてからの不快感や、その後ずっと残るかもしれない変化のほうが、私にはずっと大きな問題でした。
予防は、派手な対策ではありません。耳に負担がかかりやすい状況を減らすこと。違和感が出た時点で無理を重ねないこと。必要に応じて耳を守る工夫をすること。結局は、そうした基本の積み重ねがいちばん大切だと感じています。
こんなときは早めに相談したほうがいいと感じた
私の経験から言うと、耳の腫れを「よくあること」と片づけないほうがいい場面があります。急にぷくっとふくらんできたとき。触ると熱っぽいとき。痛みが続くとき。短い期間で耳の形が変わってきたと感じるとき。そういうときは、自分だけで様子を見るより、早めに医療機関へ相談したほうが安心です。
ここは無理に我慢しないことが大事だと思います。競技を続けたいからこそ、あとで長引かせない判断が必要になることがあります。私自身、もっと早く相談していれば、余計な不安を抱えずに済んだかもしれないと感じたことがありました。
レスリングに打ち込んでいると、多少の痛みや違和感を飲み込む癖がつきます。でも、耳は一度気になり始めると、練習中よりも生活の中でじわじわ困る場所です。だからこそ、「このくらいで大げさかな」と思う段階で相談するほうが、結果として気持ちも楽になります。
レスリング耳に悩んでいる人へ伝えたいこと
もし今、耳が腫れていて「これってレスリング耳かな」と不安に思っているなら、私が伝えたいのはひとつです。頑張っている証だと片づけすぎないほうがいい、ということです。
もちろん、競技に本気で向き合っている人ほど、耳の変化も含めて受け止めようとする気持ちはあると思います。私もそうでした。でも、誇りを持つことと、困りごとを我慢することは別です。練習を続けるためにも、日常生活を快適に送るためにも、自分の耳の状態にはもっと敏感になっていいはずです。
レスリング耳は、最初の段階では「少し腫れたかな」くらいにしか感じないことがあります。だから判断が遅れやすい。けれど、その小さな違和感を見逃さないだけで、気持ちはかなり変わります。
私自身、なってみて初めてわかりました。レスリング耳は、ただ強そうに見える耳ではありません。毎日の積み重ねの中で起きる、かなり現実的な悩みです。だからこそ、いま違和感がある人には、無理を重ねる前に一度立ち止まってほしいと思います。競技を頑張ることと、自分の体を大事にすることは、きちんと両立できます。



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